この記録は、将来、私の子供が読むことを想定して書いている。
私がどのように世界を理解し、何を信じ、どのように物事を判断してきたか。
それを言葉として残しておくためである。
しかしこれは、特定の誰かだけのためのものではない。
社会の中で生きるすべての人にとって、何らかの意味を持つことを願っている。
子供4人
私には4人の子供がいる。
彼らが自らの人生を歩むとき、判断に迷う瞬間は必ず訪れる。
そのとき、私がどのように考え、どのように判断してきたか。
その記録が、何らかの参考になるかもしれないと思い、これを書き残している。
無論、これが正解であり、正道であり、真実であるなどと言うつもりは毛頭ない。
それぞれが考え、悩み、間違いを犯し、そして正し、自ら見つけ出した道にこそ意味があることを、私は知っているからだ。
しかし、それでもなお、前提となるヒントは残しておくべきだと思う。
それが正しいかどうかは重要ではない。
何もない場所から考え始めるよりも、
たとえ不完全であっても、先に考えた者の記録がある方が、より遠くまで到達できる可能性があるからだ。
この記録はそのために残す。
つづく